和歌山大学 システム工学研究科・システム工学部 教授
中嶋 秀朗 氏
電動車いす障害 物レースに 出 場するRT- Moversは、和歌山大学システム工学研究科・システム工学部の中嶋秀朗教授率いる和歌山大学サイバスロンプロジェクトチームだ。日本の出場チームで唯一アカデミア単独の参加となる同チームで、“研究室での研究”の殻を破り、実用化の可能性を模索する中嶋氏に胸中を伺った。
総合力で勝負を挑む
今大会のレース内にはドアの開閉や凸凹道、階段な どの6種類の障害物が設けられている。これらを突破できる機能を全て搭載し、かつコンパクトにまとまった移動体の実現が求められる。「凹凸のある地面を移動するという点ではクローラが優れていますが、移動スピードや燃費の点から見ると、日常生活での実用には向きません」。大会で勝つためでなく、あくまで実用化を見据えて、中嶋氏が見込んだ解はシンプルさを追求した車輪系駆動電動車いすだった。
電動車いす開発で特に難しいのは重量とパワーのバランスだという。開発は機械、電気、ソフトウェアの3つの要素から成り立っている。「単体の要素技術が優れていることももちろん必要ですが、技術をいかにバランスよく組み合わせて機能を統合できるかが重要です」。工場で働く機械であれば、重い部分は可動部と切り分けて設置すればいいが、移動体は全てを持ち 運ばなければいけないのだ。
断面をつなぎ、一気通貫の開発を
中嶋氏は将来的なコストやメンテナンスの煩雑さを抑えるために駆動軸数をなるべく減らして、できるだけシンプルなシステムを開発している。「4つの車輪を支える脚を全て独立可動にすれば不整地走行の面では有利ですが、その分実用化のハードルが上がります」。ただ、駆動軸を減らせば、どこかの脚を動かすと他の部位も動くことになる。搭乗者を水平に保ち続けるには機体全体のバランスを取る必要があるが、自由度が少ないと重心を移動させるのが難しい。「特に階段が難所ですね」。とはいえ、6 つの障害物のどれかひとつに特化してしまうと、他をクリアすることが 困難になる。全ての障害を突破するため、機体の重心 制御、そして要素技術の適切な統合という二重の意味 でバランスを取り、中嶋氏自ら感触を確かめながら、大会本番で100発100中で動かせるようにと仕上げを 行なっている。
サイバスロンへの出場を決めたことで、性能に磨きがかかってきたと同氏は話す。「研究というのは、どこか一機能、一技術を切り出した断面に対するアプローチなんですね。課題や場面が変われば、それに対応する技術の開発が新しいテーマになる」。しかし、サイバスロンや日常生活のように複数のシーンを想定して、 複数機能を同時に実現させるためには、研究上ではぶつかり合うような条件でも、ひとつのアルゴリズムに繋げていかなければならない。「大学の研究開発と製品化の大きなギャップがそこにあると思います」。
“人の役に立つもの”を作るために
一点特化型の技術開発は大学の研究の得意とするところだが、そこで終わらずに実際に使える技術として の価値を社会に提示しなくてはいけないと多くの人が気づき始めている。データ上でどんなに優秀な性能を誇る機体でも、いざ競技会に出場するとうまく動かないものが続出する。「一見完成されているように見え ても、本当はまだやらなければいけない細かいことがたくさんあるんです。企業の製品開発ではそれを丁寧にやっている」。例えば車の開発では、数百ft体制でバグを洗い出し、お金と時間をかけてその全てを除いていく。「大学の技術開発とはフェーズも予算も人員も前提から全く違う」。自分たちの技術をft々に役立ててもらうためには、この大きなギャップを超えなければならない。そのために、限られた資源でより優れたプロトタイプを作り、技術の価値を示す。「とにかく、 人の役に立つものを作りたい」と語る中嶋氏にとって、サイバスロンは大学の研究と実用化をつなぐ貴重なステージだ。世界中が注目する晴れ舞台で RT-Moverが障害を次々と乗り越え、駆け抜ける姿を見るのが楽 しみだ。(文・中嶋香織)