企業の事業展開や社員の働き方などの企業活動の見直しが求められている昨今において、企業の活動指針である「企業理念」をどのように捉えていくべきなのか。リバネス井上が、12年間で大きく成長したベンチャー企業の創業者と、コンサルファームで要職を歴任した経験をもとに数々の大企業の経営をサポートも行う大学教授と共に、大企業、ベンチャーにとって、企業理念の真の意義について議論を行った。
鼎談参加者
株式会社リバネス 代表取締役副社長CTO 井上 浄 ( 左)
株式会社ファームノートホールディングス 代表取締役 小林 晋也 氏 ( 右上)
青山学院大学 地球社会共生学部 教授 / アバナード株式会社 デジタル最高顧問、音楽家 松永 エリック・匡史 氏 ( 右下)
ウケを狙う現代の企業理念
井上 昨今の新型コロナウィルスの影響でテレワークなどの働き方が急速に浸透し、生活様式も一変、企業が今後どのように事業を維持し展開していくのか、社員一人一人がどのように働くかということに対して考えを深めている時期だと思います。このように世界が大きく変化しようとする中で、企業の指針になるのが企業理念です。まずは、大企業の理念の策定に関わってこられたエリックさんに、理念に対する考えをお聞きしたいです。
エリック 私は、コンサルタントとして活動し始めた当初、企業理念の策定の依頼が多くあること自体に戸惑いました。例えば、社長の代替わりの際に企業理念を見直すことがあるのですが、企業理念を作るのは社長の仕事だと思っていましたからね。歴史を持つ日本の大企業は雇われ社長が多いが故に、企業理念と社長の想いが一致していない場合があるのだと思っています。
現在の大企業の創業者には、自分が成し遂げたいことを基本とした大きな理念がありました。創業から時間がたち、事業収益も上がってくると企業活動の目的の多くは事業の維持や改善になってしまいます。そうすると、理念は事業を安定維持させるために、「自分」ではなく、「人」に受ける言葉にしたいという思いが強く反映されたものとなります。資本主義社会における株式市場において、理念は株主に対する見せ方が重要であり、社長自身は思っていないけれど、株主のために社会のために表現をするという場合もあります。先人の言葉を自分なりに咀嚼し、覚悟や熱意をもって伝えたり、地に足がついた言葉として発信されたりしていない現状があります。
井上 企業が成長する中で、経営が安定した時期に理念ロスは起こるのですね。
エリック これはベンチャーの人も考えないといけないと思います。創業から10年、20年が経過した時に、創業時の理念が受け継がれるのか。これは特に人の採用などにも繋がっていくと思います。理想的なのは企業の理念と個人のアイデンティティが合致していることです。これは言い方を変えれば、ノリ。採用において、フィーリングつまり感性が合うこと、これは大事な点だと考えています。
井上 ノリと聞くと軽いようですが、実に深いですね。小林さんは会社をゼロから立ち上げる経験をされています。ベンチャーとしてのスタートから現在までの経験から、理念策定における課題はありましたか?
小林 私はうまくいく会社といかない会社の違いは、社長から社員まで考えていることややっていることが全て一致しているかということだと考えています。社長自身が自分の人生の目標と会社の理念が一致し、それに従って生きているか、徹底的にやっているかどうかが重要です。現場から社長まで一貫している状態をつくることは非常に難しいですが、実現すれば強い組織を作ることができます。
スタートアップにおいては地位やお金を稼ぐことが起業のテーマになっている場合が見受けられます。起業時にお金や人を集めるために、共感手段として企業理念を作るのです。そうすると社長が自分にウソをついて、受けの良い、テクニックを活かした企業理念が出来上がります。なぜ、そのようなことが言えるかというと、私自身がそうだったからなのです。ある日、それではダメなのだということに気づいたのです。
ウソとウソで組織化される企業
井上 起業してから小林さんが走ってこられた期間は、ある意味、見せかけの理念だったということですか?
小林 はい。創業からの12年間は、お金と人は手段として、目標の達成に駆られた期間でした。毎日、目標を達成するたびにドーパミンを出し、達成したらまた次の目標に向かうという、全員が逼迫した状態でした。また、業績が悪くなると、社長としての自分の力量に限界を感じる心を隠すために、大きいこと(ビジョンや戦略など)を宣言する。理念はチームが成長に向けて走り続けるようにコントロールするための道具でしたね。現場の人間をコントロールするための手段としての理念なのか、自分自身へ問いかけた結果で生まれた言葉で表現されている理念なのかで全く異なります。私が作っていたのは前者であり、言い換えれば自分にウソをついていたのだと思います。
エリック 経営者は株主に対しあるいは社会においてこうあるべきと、本来の意に反した理念を作る。私は大学にも所属していますが、就職活動中の学生を見ていると、自分に嘘をついて理想エントリーシートを書いている。見せかけの理念を語った会社と偽りのアイデンティティで固めた学生が組み合わさっている。もうカオスですね( 笑)。
最近は、多くの企業でイノベーションを生むことを目的として、若手社員の方々がプロジェクトを立ち上げることが多く、そのアドバイスを求められることがあります。そのときに、私は最初に、その人自身が会社のために何をやりたいのか、そして会社の歴史つまり過去を聞きます。しかし、いずれも答えられない方が本当に多いです。皆さんは器用だから最初は動けますが、どこかで失敗するのです。不器用でも自分のやりたいことを言える人の方がうまく行くことの方が多いです。
真の理念へと転換するための考え方
井上 小林さんは何が転換のきっかけになったのですか?
小林 きっかけは世界中から経営者が集まるお寺がインドにあり、そこでの瞑想でした。私はそもそも美しい心があっても経営はうまくいかないと思っており、知り合いの社長に誘われて参加したのですが、瞑想なんて、なぜやらないといけないんだろうか。瞑想なんて気持ち悪いと(笑)。こんな嫌なことをやってまで会社なんかやりたくないと。そこで会社というものが本当に大切なのではなく、自分の気持ちの方が大切だということに気づいたのです。
それまでの自分は、目標を達成して会社を大きくすることが自分の人生だと思い込んでいました。つまり会社の大きさが自分の価値であり、世間からどう思われるかばかりを気にして経営していたのです。しかし、自分は世間体を気にするあまり、強くあり続けなくてはならないと考えすぎていることにふと気づきました。自分の価値を周囲を気にせずに自分で決める、自分の内側から出てくることに素直にしたがって生きていこうと気付いたのです。そこから、理念の捉え方が変わりました。
自社の理念である「『生きる』を、つなぐ。」これは私にとっては、人と動物、自然が好きで、これらをテクノロジーをかけあわせてより良くしていきたいという意味であり、そこに売上や企業の成長はないのです。ただ、やりたい、それだけ。それは自立できた瞬間であり、自分の価値を決められたときでした。
しかし、ただ自分勝手に事業をやりたいと言っているだけではなく、実現していくためには社会との調和が必要です。事業は社会との調和を実現する手段で、 社会に貢献するために採用や資金調達などを通じて私たちの自立を支えてくれるという存在です。社会で役割分担をして生きていくと、私のありかたの根幹が変わったことで、事業を目的に生きていくのではなく、自立し社会と調和して生きていくために事業を行うのです。
井上 本物の理念になったのですね。では、それを作っていくには何が必要となりますか?
エリック 企業の歴史こそが理念を作るために必要です。今でこそ当然の事業でも、創業当時はその事業は、社会にイノベーションを生んでいたのです。だからこそ、前提として、企業の歴史・過去を尊敬できるかが重要となります。その時代にある事業の背景や創業者の想いや行動を理解しなければ、理念の本当の意味は理解できません。
井上 私も同じく、人間も、法人も時を重ねて生きてきたからこそ、そこから生まれてくるストーリーがあると考えています。時代を経る中での事業の積み上げがゆるぎないものを生み、オンリーワンが生まれると思います。
エリック 私は3歳からジャズやクラシックなど様々なジャンルの音楽の基礎を積みました。音楽家はひたすら過去に構築されたロジックを学び続けて、ロジックが身につくと自然言語になり、そして新しい音楽を生み出せるのです。だから、過去の先達がやってきたことを尊敬できるかどうか、歴史が血となり、肉となりイノベーションが生まれるのです。バズワードでは真の理念は作れないのです。
これからの時代で問われる企業と人の「生き方」
井上 基礎をどれだけやってきたかがイノベーションに繋がる。会社の積み上げてきた歴史、それからの積み上げから真の理念が生まれるのですね。小林さんは理念自体の文言に変化はありませんでしたが、理念の捉え方が変わりました。その転換が起こった後に、会社に変化はありましたか?
小林 半年に1回の全社員面談において、複数人の社員から、今の私は言っていることとやっていることが一致している、だから一緒に頑張れると言われました。今は、売上よりも事業の成長を通じて人の成長に貢献するという前提で全てを語り、行動をしています。社長が言っていることと行動が一致していれば理念は不要なのかもしれませんね。
井上 大企業でも課題と言われる理念の浸透についてはどのように考えますか?
エリック 今の理念は社会に伝えることが先になっています。それよりもまずは、従業員に対してどう伝えるかが重要だと考えます。そういう意味では小林さんの転換がまさに社員のみなさんに伝わったのだと思います。このように、大企業のためのベストプラクティスはベンチャーにあると思っています。
井上 理念は社会のためではなく、社員のためにあることを認識することが重要です。経営者が本気の言葉を社員に向かって話して、行動していたら、結果的に理念は浸透するのですね。現在、働き方が大きく変わり始めています。その中で、理念をどのようにとらえるとよいのでしょうか。
エリック 命の危機が身近になる中で、自分に嘘をついていたら、このまま人生が終わって良いのだろうかと思う人が増えます。そうなると、どういう仕事につくか、どういう人たちと働くか、と考え方も変わってきます。これからは、学歴ではなく、経営者の理念と、働く人のアイデンティティが一致することが明確に求められます。自分たちの理念に合っている人をクローズドでマッチングすることで、組織をピュアにしていく。理念と心が一致している人たちが集まり組織ができる世界になっていくと思います。
小林 会社の経営において大事なのは良い文化、良い製品、良い管理だと考えています。特に文化は、社長が二枚舌だったら浸透はしません。社長が自社の文化を嘘ではなく語ること、そして社員が自立することが必要とされます。今後もしオンライン前提の働き方になると、自立している人とそうでない人の差が大きくなると思います。
井上 もしかすると、その差はもう見え始めているのかもしれませんね。最後にお二人にとって理念とは、一言で言うと何ですか?
小林・エリック 理念とは「生き方」ですね。
井上 私も同感で、理念とは「生き様」であると思います。会社として、そして個人としてどう生きるかを突き詰めて、経営者が言葉にしたものが理念であり、それを行動に移すことで社員に伝わり、強い組織ができるのですね。
エリック 私や井上さんが大学で教えないといけないのは生き方ですね。情報はインターネットで簡単に得ることができるし、日々変わっていきます。その中で、いかに自分の生き方を考えるかを教えないと意味がないですね。
井上 自分の生き方を突き詰めたときに共に生きたいと考える企業に出会うという流れができるのがこれからの世の中ですね。だから、理念で会社としての生き方を示すことは重要であり、会社としての生き方もまた、突き詰め、見直し、進化させていくことが大事なんですね。ぜひこれからもお二人とディスカッションしていきたいと思います。ありがとうございました。
<鼎談者 プロフィール>
小林 晋也 氏
株式会社ファームノートホールディングス 代表取締役
1979年生まれ、北海道帯広市出身。旭川工業高等専門学校卒、機械工学専攻。機械部品商社に入社し、FA( ファクトリーオートメーション) 分野で精密機械の拡販を担当。2004年帯広市に有限会社スカイアークシステム(現 株式会社スカイアーク)を創業。大手企業へのCMS・ブログシステム・社内SNS の普及に貢献。「世界の農業の頭脳を創る」という想いから2013年に株式会社ファームノート、2016年にファームノートホールディングスを創業。同年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選出。2019年に日経BP 社主催「第17回日本イノベーター大賞・日経ビジネスRaise 賞」の他、経産省・農水省主催「第5回 日本ベンチャー大賞・農林水産大臣賞(農業ベンチャー大賞)」受賞のほか、自社牧場の展開を目指す株式会社ファームノートデーリィプラットフォームを創業。2020年1月、第8回「ものづくり日本大賞・内閣総理大臣賞( 主催:経産省、国交省、厚労省、文科省)」を受賞。
松永 エリック・匡史 氏
青山学院大学 地球社会共生学部 教授、アバナード株式会社 デジタル最高顧問、音楽家
1967年東京生まれ。青山学院大学国際政治経済学研究科修士課程修了。バークリー音楽院にてJazzを学ぶ。幼少期を南米(ドミニカ共和国)で過ごし、15歳からプロミュージシャンとして活動。大手メーカーのシステムエンジニア、AT&T を経て、エンターテイメント&メディアに特化したインダストリービジネスコンサルタントとして、アクセンチュア、野村総合研究所、日本IBMを経て、デロイトトーマツ コンサルティング メディアセクターAPAC統括パートナー・執行役員、PwCコンサルティング デジタルサービス日本統括パートナーとして、デジタル事業の立ち上げ、エクスペリエンスセンターをコンセプトデザインからリード。 2018年よりアバナード(株) デジタル最高顧問。2019年4月より青山学院大学 地球社会共生学部 教授。2020年より事業構想大学院大学 客員教授。
井上 浄
株式会社リバネス 代表取締役副社長 CTO
株式会社リバネス創業メンバーの 1 人。北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教、慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授を経て、2018 年より熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者。
(取材/ 構成・福田 裕士)
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